心神喪失(耗弱)とその後についてとは?弁護士が解説

 

世間一般的には、「精神障害があったら、どんな重大事件でも、無罪になって、すぐ世の中に出てこれる」「妄想に支配されていた、と言えば、逮捕されてもすぐに警察から解放される」と思われているのだと思いますし、マンガやアニメでは、そのような描写をしているものが散見されます。

一方で、「計画性があるなら、責任能力がないという主張は通らないだろ、死刑にすべきだ。」などと、重大事件が起きるたびに、ニュースのコメントにそのようなことが書かれることもよくあることかと思います。

果たして、これらのことは真実なのでしょうか。

今回の記事では、これらのことについて言及したいと思います。

 

Q1 精神疾患がある人の刑事事件について

刑法には、次のように規定されています。

「心神喪失者の行為は、罰しない。」「心神耗弱者の行為は、その刑を減刑する。」(刑法39条1項、2項)

心神喪失とは、少し難しい表現ですが、判例では「精神の障害により事物の是非善悪を弁識する能力なく又はこの弁識に従って行動する能力なき状態」であると言います。

心神耗弱とは、「精神の障害が未だ上記能力を欠如する程度に達していないが、その能力が著しく減退した状態」であると言います。

※これらの具体的な内容は、Q2で記載します。

つまり、心神喪失となると、その事件は無罪となります。

心神耗弱となると、必ずではないものの、実刑ではなく執行猶予になる可能性が高い、ということです。

無罪も執行猶予も、勾留されている被告人をそのまま身体拘束し続ける根拠がなくなりますから、その意味では、「すぐ世の中に出てこれる」ことになります。

・心神喪失等の状態で重大な他害行為を行なった者の医療及び観察等に関する法律

これは通称「医療観察法」と言います。

池田小学校事件をきっかけに、この法律が制度化されました。

この法律は、放火、強制性交、殺人、強盗など重大犯罪を行なった者を対象としているのですが、33条には、次のように規定されています。

「検察官は、…心神喪失により無罪か心神耗弱により執行猶予付の確定判決※1を受けた者については、医療観察法による医療を受けさせる必要が明らかにない場合を除き、地方裁判所に対して、同法42条1項の決定をすることを申立てなければならない。」

で、42条1項の決定は何か、というと

「裁判所は…精神障害を改善し、これに伴って同様の行為を行うことなく、社会に復帰することを促進するため、入院をさせて…医療を受けさせるために入院/通院をさせる旨の決定」を言います。

 

つまり、心神喪失により無罪、または、心神耗弱により執行猶予、となったものは、裁判官が、検察官の申立てによって、その事件を起こしたものを入院/通院させて治療させるという決定をするのです。※2

 

この決定を行うにあたり、色々な方が審判に関わることになります。

・精神保健審判員(必要な学識を備えた医師で、厚生労働大臣が最高裁にリストを送ります。)

・精神保健参与員(専門知識を有する精神保健福祉士等です。)

・鑑定医(裁判所から鑑定を命じられる医師です。)

・社会復帰調整官(保護観察所の専門スタッフ。精神保健福祉士など。)

・弁護士(付添人と言います。)

 

 

その入院期間については、法律上は上限がありませんが、厚生労働省のガイドラインでは、概ね18か月以上を目指すとされています。

 

通院期間については、3年間、ただし2年間延長することができます。

 

このような規定があるため、世間一般的なイメージと実務の運用は異なっているということがわかるのではないでしょうか。

あまり報道もなされないことから、このような制度があることが周知されず、そのことが精神障害のある被疑者、被告人に対する峻烈な意見につながっているのかもしれません。

医療と司法、福祉が連携して、色々な人が関与して、社会復帰をしてもらうことに尽力しているのだということがもっと広まれば、と思います。

 

 

※1「確定判決を受けた」と記載されているため、実際に裁判所で無罪と判断されてから確定するまでには2週間かかることをご存知の方は、「じゃあ2週間は外に出られるのでは?」と思われたと思います。

これについては、判決が確定するまでの間、精神保健福祉法上の措置入院という手続きがとられることが多く、やはり外に出るということは難しいという実態があるようです。

 

※2 決定を出すまでの間、裁判所は鑑定入院命令というものを原則として出します(医療観察法34条)。

鑑定入院命令を出すためには、対象者(無罪、執行猶予が確定した被告人など)が裁判官の面前に出頭しなければならず、その出頭を確保するため、呼出状、同行状の発付という手続が用意されています。

そして同行状は、対象者の身体拘束を可能としており、その執行は検察官、検察事務官が行うことになっています。

Q2 責任能力の判断方法とは?

よくある誤解として、「統合失調症などの精神疾患に罹患していた場合は、絶対に心神喪失、心神耗弱になる」ということです。

裁判所は、「統合失調症に罹患していたとして、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状、犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである」と判示しています(最決昭59年7月3日刑集38・8・2783)。

 

では、「道具などを用意していて、計画性があれば、責任能力はある」と言った意見は正しいのでしょうか。

これについては、7つの着眼点※3、と呼ばれているものがあります。

 

それは

① 動機の了解可能性

② 計画性、特発性、偶発性、衝動性

③ 行為の意味、正室、反道徳性、衝動性

④ 精神障害によって責任が免れる可能性があるという認識の有無と犯行の関連性

⑤ 元来の人格に対する犯罪の異質性

⑥ 犯行の一貫性・合目的性

⑦ 犯行後の自己防御、危険回避行動の有無

です。

なので、「計画性があれば…」の文脈は、②だけを判断しているものであり、正しくない主張になります。

 

 

そして、このうち、世間が着目しているのも、実務でも重要視されているのが①動機の了解可能性です。

これは、ケースバイケースの判断になりますが、端的に言えば、「その病気がないと、その動機を了解することができないかどうか」ということです。

具体的な例を見てみると

 

「自衛隊から監視されている」と被害妄想を抱いている人がいるとしましょう。

どうして監視されているのか、と尋ねると「私は、狙われるほど世界の秘密を握っているからだ。」と答えました。

そして、「私は、この秘密を守らねばならない立場にあり、監視している自衛隊から指令を受けている人を殺害してでもこれを守らねばならない。」ということから、そう考えている人物を殺害した、という事案では、

全ての過程が病気に起因する妄想であるといえ、了解不能ということになります。

 

一方で、「その秘密を守らねばならないが、この秘密を守り続けていくことで、仕事がうまく行かなくなり、焦燥感を感じていた。この憂さ晴らしのために、関係ない人を殺してしまおう。」という考えのもと、無差別殺傷を起こしたということでは、妄想も含まれていますが、現実の要素も存在するため、了解可能の方向に傾くということもあり得ます。

 

このように、責任能力の判断にはいろいろな過程を経ることになります。

そして、責任能力を判断するためには、精神科の医師が様々な資料に基づいて判断されるのですが、これをいつ判断しているのか、というと、被疑者が逮捕されて以降、最長20日間勾留されたのち、検察官が起訴または不起訴の処理をしますが、その20日間に検察官の請求により裁判官が鑑定留置をするかどうかを決め、決まればそこから3か月ほど、留置されながら医師の面談を受けることになります。

その3か月は、勾留期間には含まれず、鑑定留置が終了し、医師の意見を踏まえて検察官が起訴、不起訴を決定するのです。

公判になり、その鑑定意見に疑義があると思われる場合には、弁護人も再度被告人の鑑定を裁判所に対して申し立てることになります。

 

※3 これらの項目は、あくまで着眼点、つまり判断要素であり、判断の要件ではありません。全てを検討することもあれば、しないときもあり、どれか何個が当てはまったから責任能力がある、なしが決まるものでもありません。

 

弁護士からのコメント

医療観察法に基づく入院、責任能力の判断手法などを説明しました。

世間一般で思われているイメージとは異なる流れがあったかと思います。

そして、無知であるからこそ、短絡的な意見が飛び交い、時には心ない言葉が浴びせられることになります。

もちろん重大事件が起きた時には、被害者、無関係に巻き込まれた方の遺族がとても悲しい思いをしているのは当然ですが、「被害者がかわいそうだから死刑にせよ」というのは議論になっていません。

このようなことでお困りの方がいらっしゃいましたら是非、当事務所にご相談ください。

 

 

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