こども性暴力防止法における「犯罪事実の確認」(いわゆる日本版DBS)とは?
1.はじめに
これまで掲載してきた記事(🔗こども性暴力防止法とは?🔗こども性暴力防止法の成立により、学童保育や塾などの教育保育事業者に求められる対応は?)のとおり、2024年6月、いわゆる日本版DBS法が成立しました。本法は、2026年中に施工される予定です。
DBS(Disclosure and Barring Service)とは、教育・保育現場やこどもが活動する場(部活や塾、学童、スポーツクラブなど)で働く際に、性犯罪歴などの証明を求める仕組みのことです。
「無犯罪証明書」とも言われ、欧米では職種に関わらず、雇用主は犯罪歴の証明書を求めることができます。特に、イギリス、ドイツ、フランスの3国は、子どもに関わる職種については犯罪歴の照会を義務化しています。
この記事では、対象となる教育・保育現場の事業者が、職員の犯罪経歴や前科をどのように確認するのか、また、犯罪経歴や前科を確認しなければならない職員の範囲や、確認することのできる犯罪は何かといった点について解説します。
2.学校等設置者等及び認定事業者等の義務
こども性暴力防止法の対象となる事業者は、教員等又は教育保育等従事者※の採用時に犯罪事実の確認を実施する義務を負い、採用後も5年ごとに犯罪事実確認を実施しなければなりません。
また、現職者については、学校設置者等は施行から3年以内、認定事業者等は、認定から1年以内に犯罪事実の確認を行う必要があります。
※「教員等又は教育保育等従事者」とは、校長や教諭、養護教諭、民間教育事業に従事する者のうち児童に対して技芸又は知識の教授を行う者(例えば科目を担当する先生)などに限られています。そのため、学校等や認定事業者等の全ての従業員について、犯罪事実を確認する必要はありません。
3.犯罪事実確認方法
教員等又は教育保育等従事者の犯罪事実の確認は、国に対して申請を行い、犯罪事実確認書の交付を受ける形で行われます。
犯罪事実確認書の交付までの流れについては、対象者について、Ⓐ性犯罪歴がない場合、Ⓑ性犯罪歴がある場合で異なるため、分けて解説します。
Ⓐ 性犯罪歴が無い場合
① まず、対象事業者がこども家庭長に対して、当該従業員に性犯罪歴があるか否かに関する情報を記録した「犯罪事実確認書」の交付を申請します(法33条1項)。
② ①の申請を行う場合、申請の対象とする従事者(本人)は、申請対象者情報(日本国籍を有する場合は戸籍、日本国籍を有しない場合は住民票)をこども家庭庁に提出します(同条5項)。
③ 申請を受けたこども家庭庁は、法務大臣に対して申請の対象となる従事者(申請従事者)の性犯罪歴に関する通知を求めます(法34条1項)。
④ 法務大臣は、申請従事者に性犯罪歴があるか否かを確認し、性犯罪歴がなかった場合、その旨をこども家庭庁に通知します(同条2項1号)。
⑤ こども家庭庁は、法務大臣が性犯罪歴の確認を行った日(確認日)と、申請従事者に性犯罪歴がない旨を記載した、「犯罪事実確認書」を対象事業者に交付します。(法35条1項、4項1号)
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Ⓑ 性犯罪歴が無い場合
①~③ Ⓐと同様です。Ⓐと異なり、重要な点は、本人に対してまず国からの照会結果が通知されることになるため、直ちに本人の前科情報を教育現場側が確認できるものではない、ということです。
④ 法務大臣は、申請従事者に性犯罪歴があるか否かを確認し、性犯罪歴があった場合、次の事項をこども家庭庁に通知します(法34条2項2号)。この通知は、犯罪事実確認のシステム外でなされます(下記の図④参照)。
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- 罪名
- 裁判(拘禁刑又は罰金に関する確定裁判)の主文
- 裁判において示された法令の適用
- 裁判が確定した日
- 当該被告人が該特定性犯罪について拘禁刑全部の執行猶予の言い渡しを受けたが、言い渡しが取り消されていればその旨
- 当該被告人が当該特定性犯罪について刑の執行を終わり、又は執行を受けることがなくなった者であるときは、当該刑の執行を終わり、又はその執行を受けることがなくなった日
⑤ 申請従事者に性犯罪歴があった場合、こども家庭庁は対象事業者に犯罪事実確認書を交付する前に、本人に対して犯罪事実確認書に記載される内容(性犯罪事実該当者の区分と性犯罪の裁判が確定した日(法35条4項2号、2条8項))を通知します。(法35条5項)本人は、かかる通知の日から2週間以内に通知内容の訂正請求を行うことができます(37条1項)。訂正請求期間(2週間)は、対象事業者に犯罪事実確認書は交付されません。
⑥-1 訂正請求期間中に、本人が対象事業者の内定を辞退した場合、対象事業者のこども家庭庁に対する申請(①)は却下され、対象事業者に対して犯罪事実確認書は交付されません。
⑥-2 訂正請求をせずに2週間が経過し、かつ本人が内定を辞退していない場合、事業者に対して対象の性犯罪歴がある旨の犯罪事実確認書が交付されます。
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¹こども家庭庁 学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律(こども性暴力防止法)概要・参考資料5頁(2024年9月18日参照)
²こども家庭庁 学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律(こども性暴力防止法)概要・参考資料6頁(2024年9月18日参照)
4.確認できる犯罪歴
上記申請により、確認することができる性犯罪は以下の通りです。法律違反だけでなく、条例違反として規定されている罰則も含まれます。なお、検察官の不起訴処分や、行政上の懲戒処分については、現段階では対象となっていません。
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- 刑法176条、177条、179条~182条(不同意わいせつ等、不同意性交等、監護者わいせつ及び監護者性交等、未遂、不同意わいせつ等致死傷、十六歳未満の者に対する面会要求等)、241条1項、3項、243条(強盗・不同意性交等及び同致死または未遂)
- 盗犯等の防止及び処分に関する法律4条(常習強盗・不同意性交等)
- 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律4~8条(児童買春、児童買春周旋、児童買春勧誘、児童ポルノ所持、提供等、児童買春等目的人身売買等)
- 性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律2~8条(性的姿態等撮影、性的影像記録提供等、性的影像記録保管、性的姿態等影像送信、性的姿態等影像記録)
- みだりに人の身体の一部に接触する行為
- 正当な理由がなくて、人の通常衣服で隠されている下着若しくは身体をのぞき見し、若しくは写真機その他の機器(以下このロにおいて「写真機等」という。)を用いて撮影し、又は当該下着若しくは身体を撮影する目的で写真機等を差し向け、若しくは設置する行為
- みだりに卑わいな言動をする行為(イ又はロに掲げるものを除く。)
- 児童と性交し、又は児童に対しわいせつな行為をする行為都道府県の条例で定める罪であって、次のイからニまでに掲げる行為のいずれかを罰するものとして政令で定めるもの
5.犯罪事実確認を行う際の留意点
最高裁判所は、「前科及び犯罪経歴…は人の名誉、信用に直接かかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する」として、前科等が高度のプライバシーにかかる情報であるとしています。
そのため、事業者には犯罪事実確認記録の適切な管理体制を構築することが重要です。
特に、犯罪事実確認書類に記載された情報の漏示等については、罰則が定められており、罰則御対象となる情報は「犯罪事実確認書に記載された情報」であるため、「性犯罪歴がない」」という情報の漏示であっても罰則の対象となります。したがって、事業者は犯罪事実確認書の取り扱いには細心の注意を払う必要があります。
さらに、犯罪事実確認書に記載された情報の漏えいの場合、内閣総理大臣への報告義務が課されています(法13条、27条2項)。
これに加え、特定性犯罪歴がある者の情報である場合、当該情報は要配慮個人情報(個人情報の保護に関する法律(以下、「個人情報保護法」という。)2条3項)に該当するため、当該個人データ又は保有個人情報として取り扱われている限り、個人情報保護委員会(個人情報保護法26条1項、68条1項)への報告等が必要になります。
犯罪事実確認記録の管理体制に不備がある場合には認定が取り消される可能性があることから、情報管理体制には特に留意すべきと考えられます。
6.弁護士にご相談ください
学校設置者や認定事業者等は、従業員の犯罪事実の確認が義務付けられます。しかし、確認をしなければならない従業員の範囲が明確でなく、条文の解釈が必要です。
また、犯罪事実確認書を取得しなければならない従業員の数も相当多数に上ることが予想されます。
そのため、「採用段階で犯罪事実を確認する必要があったのにしていなかった」「第三者に犯罪事実確認書の情報が漏れてしまった」「採用予定者や現職者に性犯罪歴があった」などのトラブルが発生する危険があります。
弁護士にご依頼いただければ、犯罪事実の確認を行わなければいけない従業員の判断だけでなく、犯罪事実確認書の手続きの代行や、適切な犯罪事実確認書の管理体制、従業員に性犯罪歴があった場合の対処方法をアドバイスさせていただきます。
こども性暴力防止法の施行に向けて、ぜひ一度ご相談ください。